特定不能の何か

医学と社会保障、国家、人生、感じたこと.

継続

 継続は力というが、確かにそうで、何事も継続するとそれなりに力はつく。

 この春から、英会話を始めた。それも半年が経つと、それなりに話せる感じにはなってきた。まあ、依然としてブロークンだけど、とりあえず中学英語を使って意思疎通みたいなことについては、最低限がクリアできつつある気がしている。

 合わせて、電車通勤の際に、ラジオ英会話を聞いている。

www2.nhk.or.jp

こちらも、ラジオと書いてあるけどNHKのアプリでネット経由で聞くことができる。大西先生の英語は結構良くて、直感的にわかりよい教え方をしている。

 

 語学、筋トレに似ていると思うけれど、日々やることが重要だと思う。もう少し余裕があれば、というのは言い訳だけれど、まばらに半年やっても向上するので、もうちょっと頑張れば普通に話せる気がする。

 立場上あれだけれど、やっぱりこの国って数十年後本当に無理って状況が起こりうると思うので、海外でも生きていけるよう、語学はやっておく方がよいと思っている。

 

 今年度中にもう一度、TOEFLを受けたい。試験があると頑張れるところはある。前回、まぐれ気味に高い点が出てしまったのだけれど、とりあえず現状維持と、スピーキングが向上させられればよいと思う。

きのう何食べた?

 同棲していれば食事は共有されるんだろう。

 近くで付き合っていれば、ちょくちょくご飯を食べに行くこともあるだろう。だから、きのう何食べたかって、聞くことは多くなかった気がする。

 離れると、そういう会話が意味を持ってくる。そういうことを実感すると、寂しくなるものだ。

 

 表題の漫画は、同棲しているゲイの漫画。過去に紹介したこともあるけれど。

 私はもともと料理が好きなので、ちょっと前から読んでいた。ふたりとも、家族にはオープンにしているわけだけれど、いろいろ苦労があった(ある)ということが描かれている。

 

 話が飛んでいく。

 彼ら、設定は40歳代から、近刊では50代にもなっている。それでも、親とやり取りしている。つまり、親とやり取りしないといけないわけだ。それは、端的にしんどいなと思った。やっぱり、親や家族とこの話をするのはしんどい。

 

 遠距離になって、寂しくなった。

 まあでも、仕方ないことだ。私も(転職しないとしても)異動はありうる。男二人、一緒に暮らすのはなかなか大変。

節目の日

 10月に入ったら、今年もあと2ヶ月。早いものです。

 転職して半年経つと、初心者っていう切り札が使えなくなる気がする。自分としては、4シーズンすべてやってみて初めて、一通りやってみたという経験になると思うところ。

 前職までが、チームを重んじ、妙に人を責めない雰囲気があった。今は、油断しているとどこで詰められるかわからないので、常に警戒している。そういう脳トレは重要なのだが、気は休まらない。訓練だ。そして、万人受けする職場ではない。

 

 

 東京に来て、ホモアプリでよーしやるぞと3ヶ月分課金して、2週間で付き合い始めて今半年くらい。アプリは、GPSで位置情報がお互い把握できるので(もちろんダミーの情報を入れている人も多い)、会う人はだいたい近所。ちょっと前、いや~こんな近所の人と付き合えるなんて運命だわ~とか一瞬思ったことがあるのだが、いやそれホモアプリのデフォルト機能だし・・・という。

 それ以外にも偶然はあったのだけど、近所(電車で10分位)で、一緒に通勤したりもできたのだけど、相手が最近、関西に異動になった。

 異動の話、だいぶ前からうすうす気配があって、お互い警戒はしていたのだけれど、やはりいざとなると、寂しいもの。

 ここ5年位、誰とも付き合わず、友達も少なく、割と一人でやってきたところ(趣味もマラソンと登山を一人でやっていた)。いろいろと受け入れて、人と久しぶりに付き合っている。そうすると、一人耐性は強かった気がしていたのに、離ればなれになると寂しくなる。

 連休は、相手の所在地に行ってきた。関西、やはり遠い。

 

 異動、転職、当たり前の世の中だけど、これは一つ、乗り越えるべきもの。そういう節目の日。

本は人をあらわす

 10月になったので、クールビズが終わった。ネクタイとジャケットが好きなので、やっとこの時期になったかという感じ。9月は、暑いよなあと思っていたけど、10月になってずいぶん涼しくなった(昨日は暑かったけど)。

 ナノユニバースでいつもスーツを買っている。年相応じゃないと言われそうだけど、百貨店で買ったスーツはやっぱり太すぎる気がした。それに、一着が高すぎるとちょっとなと思う。パターンオーダーが4万弱からとのことで、お買い得な気がする。記事を選ぶと高くなっちゃうんだろうけど。

 

 

 いつも私に八つ当たりしてくる上司がいる。本人の気分によって、優しかったり八つ当たりしたりと対応が大変である。ダウナー期には散々振り回されて、相当苦しかったので、人事には相談してあって、そういう人なんだよねという理解が(人事の方でも)既にあったから話は早くて、とりあえず周囲は私の状況を理解してくれている。

 彼女が、機嫌のいいタイミングで、本を貸してくれた。

 読んだら、うだつの上がらない男性主人公(学生時代は体育会系、実は実力があるとの設定)が、新しい分野の仕事に配属されて悪戦苦闘する。そこに辛辣な女性コンサルが現れて、主人公にも歯に衣着せぬ物言いで指導をして行く。苦しめられつつも、たくましく成長する主人公、また、腕のある女性コンサルに惹かれていく。さまざまな仕事を成し遂げ、一人前になっていく主人公・・・女性コンサルは、それをみて、立派になったものだと感慨を受け、彼の元を去っていく・・・

 そんなシナリオ。

 ああ、こういうの読んで、楽しんでるんだなと思うと、ちょっと切ない。

 仕事っていうのは、チームとして力を出していくんじゃないかな。そうして、自分一人で対応できない難所を越えていけるのではないかな。あなたの側には、チームが存在しないぞと、しみじみ思ったのであった。

最新型 iPhone をみた

 もしかしたら、手に入れた人もいるのかもしれないけれど。

 新しい iPhoneヤマダ電機でみた。iPhone XS Max とかいうネーミングセンスはどうなんだろう。ものとしてはいいなと思った。狭ベゼルはやっぱなんかかっこいい。単に額縁が太いとちょっとダサいということでもある。ホームボタンがないことも、操作してみると気にはならない。

 私にとっては、FeliCa 機能が最も重要な機能の一つなのだけれど、ホームボタンがない場合は、どうやって Suica を起動するんだろう。いちいち顔認識しないといけないんだろうか。そうだとしたらちょっと微妙かも。

 と思って調べたら、iPhone X 以降は Suica を起動しなくても使えるんだとのこと。それだと電車の定期券を使うのには便利そう。

 あとは、コンビニでは Quick Pay を使ってるんですよね。Suica でなんでも買ってると、家計簿(マネーフォワード)ですべて交通費で計上されちゃうので。そのへんも何らか方法がありそうではあるなと思うと、今持ってる iPhone 7 よりも便利に使えるのかなと。

 ちなみに、端末の値段はなかなか高いですね。一方で、私は2年くらい前に iPhone 7 が発売されたときに、MVNO 移行も合わせて SIM フリーの端末をアップルストアで買ったのですが、そのときもやっぱり端末代って10万近くした。なので、価格ってもともとそんなものだったのじゃないかなという気もします。特に日本の3大キャリアによる端末代キャッシュバックみたいな方法をしていると、端末の価格ってよくわからなくなってくるのですが、その頃から、月4000円の2年分割払い(大体10万円弱)とかそんな感じだったように思います。

 PC よりも長時間触ってる、最も長時間操作しているデジタルデバイススマートフォンだろうから、そういう意味である程度金をかけるのも致し方ないのかなとも思うし、最近の iPhone の機能はやや過剰のようにも思われるので、自分の必要とする機能との比較で、iPhone 7~XS まで、選択肢として考えるんだろうなと思っています。

 あとは、アドバンストな話として、iPhone のいろんな機能を使ってベンチャー企業がいろいろやろうとしてるみたいな話をツイッターで見たけれど、スマホの機能で他の何かをやる(具体的にはよくわからんけど)とか言うことを考えるならば、また変わってくるのでしょうな。

 

 私も少し、スマートフォンにどのような付加価値をもたせるか、考えてみるのもよいのかもしれません。そろそろバッテリがへたってくると思うので、買い替えに向けてアンテナを伸ばしておきましょう。

コンピュータ・サイエンスは教養科目に加えられるべきだ

 パターソン&ヘネシーの教科書を読んでいる。

コンピュータの構成と設計 第5版 上

コンピュータの構成と設計 第5版 上

 

  シンギュラリティの本も Kindle で読んでいる。

シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき

シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき

 

 

 いま、たまたまだけど仕事でコンピュータ界隈に触れることが多い。

 あと、これも思いつきだけど、学生の時から仕事を効率化するのにプログラミングが有効なのではないかと思っていた。

 前者はたまたまのめぐり合わせ、後者は正しいか正しくないかは現時点でわからないけれど。

 

 世の中が、コンピュータから切り離せなくなっているのはそうで、いわゆる昔ながらの学びだけでなく、今の社会、文化を理解し、今後のことを考えるには、コンピュータへの理解が必要なのではないかと思った。

 なので、文系理系問わず、コンピュータの概念を理解することは大切。上に紹介したパターソン&ヘネシーは、コンピュータの歴史みたいなものだ。シンギュラリティの本は、ちょっとトンデモっぽいけど。

 ちなみに、ビッグデータってのも流行りだと思うし、それとともに AI で未来予測とかも流行りだと思う。要は大規模な帰納をやっているんだと思うんだけど、パターン認識と因果関係は別なので、そういった意味で伝統的な統計学みたいなことの理解が必要な気がする。

 コンピュータばかりでもだめで、やっぱり社会の中でどう生かすかとか、ヒトとコンピュータがどう共存するかということが大切な気がしていて、雑に言うと文系っぽい理解が伴う必要があるっぽい。

 

 あと、コンピュータ部門でいうと、日本は中国の後塵を拝しているというか、もはや中国の技術と日本の技術ってほぼ差がなくなっている気がする。中国製だからだめだとか、日本製だからよいとかってのがずいぶん嘘っぽくなっている気がする。Lenovo の PC ももはや IBMThinkPad ではないと思うけれど、完成度がすごい。日本製 PC は DVD ドライブがあるから仕事場で役立つとか言って、レガシーな方法にハードが縛られている気がする。wi-fi 飛ばして無線でやってくれ。

 過去の栄光にこだわらず、国の枠にとらわれない考え方が必要。もちろん自分の国を応援するからこそ、いいと思った Sony 製品とかは買ってるけど、この調子じゃ時間の問題だ。

 

 コンピュータを勉強すると、自由が一歩近づく気がする、というのは言い過ぎかな。あながち間違ってないと思うけれど。

USB Type-C が世界を覆い尽くしてほしい

 ThinkPad X1 Carbon を買った。

 別にこの PC に限ったことではないのだけれど(Mac もそうだけど)、最近のラップトップコンピュータには、接続端子として USB Type-C が用意されるようになってきた。ちょっと昔、iPhone に Lightning 端子が使われるようになったとき、その裏表のないところに感動したのだけれど、Type-C も同様、端子の裏表というものがない。これが素晴らしい。

 Type-C は、裏表のなさというメリットの他に、今まで看過できなかった問題点を解決してくれた。それは、昔ながらの電源用 DC ケーブルからの脱却である。どんなにきっちり収納しても、どうしてもぐちゃっとなるケーブルに嫌気が差している人は少なくないのではないだろうか。

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▲これは、Sony VAIO の DC ケーブル。

 

 ThinkPad にも同様のケーブルは付属している。けれど、USB Type-C は給電にも使えるので、Type-C / Type-C ケーブルと、PD (Power Delivery)対応の充電器があれば、この古めかしいかさばる充電ケーブルからおさらばできるというわけです。

 安心と信頼の Anker 製の充電器とケーブルを買った。

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 これならかさばらない。充電器が白でケーブルと本体が黒なのがいけてないが、充電器の色の制約上仕方ない。

 

 USB-A は長い歴史の中で重要な役割を果たしてきて、Micro USB などといったマイナーチェンジで工夫してきたが、Micro 化したことによる裏表のわかりにくさの増強に世界の生産性の 0.1 % が浪費されていたと思う。USB Type-C の出現により、世界はついに端子の裏表問題とダサい充電ケーブルから逃れることができるというわけだ。

 役目を終えた USB-A には現役引退していただき、一刻も早く Type-C による世直しが図られることを強く望む。