特定不能の何か

医学と社会保障、国家、人生、感じたこと.

30歳にして,人生最大の体験

 知識上は,同性愛の典型的臨床像というのは知っているつもりだった.だいたい,中高生の頃に好きな相手が同性だから戸惑うとかそういうやつだと思っていた.

 わたしの場合はおそらくそういうエピソードはなかったように思う.というのも,高2から社会人1年目までの約10年に渡って女性と付き合っていたからかもしれないと今になって思う.実は,その相手はそこまで好きでもなかったが(これは謝っても謝りきれないのであるが・・・),嫌いなところもほとんどなくて,尊敬できるところは多かった.付き合いが長引くにつれて,いごごちも悪くないものだから,まあ惰性で結婚するだろうなと思ってたんだが,社会人になり,生活のすれ違いとかから別れた。
 実際のところ,彼女のどこが好きだったか,探してもうまく説明できないのである.女性ってたまに,わたしのどこが好きなのとか聞くじゃないですか.その質問本当に答えられなかったんだよな.
  研修医時代は忙しかったのもあるけど、そもそもあんまり女性に好意を持つことがなかった.型どおりのモテ期は来たし,看護師に好意を持たれたことはあったが,飲み会以上に発展しなかった.

 自分自身の分析としては,自分の眼鏡に適う女性がいないだけだと思っていた.でも,振り返ってみれば,女性の好きなタイプもなかったし,今のところで好きになった女性って2人(上の付き合ったひとを除く)しかいなかった.まあでも,そういうこともあると思っていた.自分は仕事と趣味を頑張るフェイズなんだって,半分言い聞かせていた.ひとりでなんでもやる方だから,不自由もなかった.性欲もひとりで済んじゃう感じで,風俗の経験もなかった.

 とはいえ社会人5年目になって,どうも人の温かさというか,単純に言えば誰かに抜いてほしいと思うことがあった.特に仕事が行き詰まったわけでもなく,生活にストレスがあったわけではなかった.パートナーはいなかったから,意を決して店にでも行くか,となったわけだが,やはり女性に相手をしてもらうのが落ち着かないというか,きっと気を使ってしまうと思った.なので,ゲイマッサージに行ったんだ.
 マッサージなので,手のひら以上がくっつくことは最後の抜きの段階までないのだけれど,なんだろう,安心感があった.その時点では,自分がゲイの自覚を強く持って行ったわけではなく,ゲイの振りをしていたんだけど,いかにもな猛獣系な方は少なくて,普通のおっちゃん,にいちゃんという感じ.中にはオカマっぽい話し方が溢れてる人もいて,面白かったけど.
 そういう感じで男性との関係を,うっすらではあるが確実に持ち始めた.月1回弱くらいはいろいろと行ってみた.で,8月の末に行ったところがいろいろと話してくれる店で,そこで「ゲイの友人とかいないんですよね」という話をしたところ,そりゃ隠してたらできるわけないし,アプリかハッテン場に行ってみろと言われた.後者はさすがに怖いので却下,アプリは,「怒り」の小説でもちらと出てきてたような気がしたから(ツイッターだったか?),ちょっとググって 9monsters を初めてみたのであった.

 この数日で,自分の認識が大きく変わったと思う.9mon でとりあえずいかにもではないが,自分のタイプの人にいいねを送り,メッセージでやりとりする.出会い系アプリに持っていた先入観とは程遠い,現代的なコミュニケーションをするにつれ,明らかに自分が「男性に惹かれる」ことを自覚した.
 恐らくこれまでも,女性より男性を好んでいたのはあったのだろうと思う.それを,女性に対する違和感とだけ認識していた,あるいは,そう認識したがっていたのだろうと思う.いま,ゲイであることを自覚した上では,「自分がゲイであることを拒否したがっている」気持ちが私自身の中に確かにあることが感じ取れる.

 このような認識を得て,私の生活は本当に変わってしまった.ちょうど法事で実家に帰っていたというのもあり,少しバタバタしていたが,ふと,帰省を終えて本拠地に戻ったところで,駅にいる人々の見方が一気に変化した.同性の友人が街歩く女性を見て「あのひといいよね」という話に全く興味がなかったのだが,今となっては周囲の男性が自分のタイプかどうか,という回路で見てしまうのである.これは本当に天変地異というか,一種の恐怖を覚えた.自分が自分でないような,そういう感覚である.

 まさにアイデンティティを根本から揺さぶられる認識の変化である.これまでの30年の人生で,確実なものと思っていた sexual orientation が,実は全く違ったのである.医学的言えば,前思春期あたりを再体験しているに近い,アイデンティティの根本と今後の人生のあり方に大きな不安を突きつけるものである.
 恐らくこの経験は,今後の私の人生にとって,途方もなく大きな影響を与えるだろうと思う.ゲイであることは,ほとんど確実で否定ができない.明らかに男性が好きで,安らげる性なのだ.それを社会的にどこまでオープンにするか,表向きノンケとして生きていく方法もあるのか,仕事とかどうするのか.

 本当に恐ろしい体験をしている.