特定不能の何か

医学と社会保障、国家、人生、感じたこと.

ライフログ

 最近は出勤時間を前倒す,サマータイム?朝活?をやっている.それほど頑張っているつもりはなく,もともと朝は強いし,通勤ラッシュで無駄に削られるよりも,1時間早い電車に乗るだけで随分楽になる事実も助けて,早朝出勤は2週間ほど続いている.とはいえ,職場まで1時間弱程度で着くので,出発時間を6時40分頃にするくらいのものだけど.

 通勤ラッシュは全く非合理的で,一刻も早く無くなって欲しいけど,さしあたっての工夫としては,早朝出勤は効果的.通勤も,座れさえすれば割といい読書時間になる.

 早朝出勤の最大の問題は,冬が辛いことだろう.

 

 

 バーゲンというものは,結局買うべきものがなく,買う必要がないものが安く売られており,無駄に金を失うことが多い気がする.ただ,例外もわずかながらあると思う.

 アマゾンがバーゲンをやっている.確か1年くらい前の Prime Day でルンバを買ったんだけど,これは正解だった.どっかに書いた気がするので詳細は省くが,床に物を置かないことと,おおまかな床のゴミはほとんど取ってくれることが素晴らしい.確かに贅沢品の部類なのかもしれないが,ルンバを買って以降,床の掃除機がけを能動的にやったのは数回に過ぎない.その分,床の水拭きに費やせるので,トータルとしては部屋が綺麗になると思う.

 これは,バーゲンをきっかけに導入した,よかった家電.

 今回,グーグルホームを導入したいけど,めぼしい情報が入ってこないので見送りかな・・・

 

 

 最近,仕事でいろいろなことの「現状分析」について考えているけれど,現状ってつまり,歴史のことなのかしらんと思っている.

 複雑怪奇な仕組み,あるいは,無価値で非合理的だと思われる現状について,その成り立ちや本来的な意味合いなどについて考えていると,当然歴史に目を向ける必要がある.実用主義に偏りすぎると,歴史的経緯に価値はないと思ってしまうのかもしれないけれど,なるべくしてなった今,というものに目を向けることを忘れてはいけないように思う.

 そして,現状,課題,今後の方向性は,いずれも別々の目的があるので,明確に区切って考える必要がある.いかなる歴史的経緯があったとしても,現在の課題は解決して行く必要がある.

 

 

 いろいろ考えるが,世の中には解決できないことは少なくない.

 人と人がわかりあうということは,本来的に不可能なのかもしれない.

 身近なインターネットの界隈に,憎しみの連鎖のようなものを感じる.人と人なんだから,衝突があって当然なのかもしれないけれど.

 私は,集団で過ごしていくことが困難な人たちや,知らず知らずのうちにコミュニケーションに失敗して,仕事が難しくなった同僚と接する機会があった.そういったやり取りの中で,やはりコミュニケーションの仕方が独特だから,違和感を覚えることも少なくないのだけど,間に立って,お互いに信頼関係ができるように吹き込んでいけば,短期的にはうまくいったように思う.

 ただ,そこでの実践も,その場をやり過ごす的な場当たり的な方法だったのだと思う.それでも,行き詰まった状況をある程度自力で打破する経験は,その人にとっても重要だったと信じている.

 一般論的なうまくいく方法は皆目見当もつかないが,小さく前に進んでいくことは可能な気がしている.

 憎しみが連鎖していく前に,なんとか打開策があるとよいのだけれど.

 

 

 連休は白馬岳周辺に行ってきた.

 天候にも恵まれ,宿もよくていい時間が過ごせた.

 猛暑日が続き,西日本の被災地のことが心配.私の実家は被災地域に該当するが,幸いにも洪水のようなことにはならなかったとのことではある.

 一日も早い復興を祈る.